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- 津島側からの快適な登り -  
第137回 松尾峠の遍路小屋
 
 
 久しぶりに津島町の岩松を訪ね、遍路道を上って、松尾峠の頂上に出来た遍路小屋から宇和島に下ってみた。

 (それぞれの写真をクリックすると大きくなります)
トンネル

- 国道56号松尾トンネル津島側左手に遍路道の入口と案内板が整備された -


- 遍路道の標識 -


- 津島側の休憩所を過ぎると美しい遍路道が始る -


- 津島側からの登り道 -

 津島町と宇和島市内を結ぶ国道56号線には松尾トンネルがあり、車も人もほとんどが、このトンネルを通って往来している。峠を越える旧道は、新しい高規格道路用の巨大なトンネル工事のためのトラックや産業廃物を積んだトラックが頻繁に通ってはいるが、一般車両の通行はめっきりと減った。津島と岩松を結ぶトンネルはこの旧道にもあるから、今、新しく掘られている「新松尾トンネル」が完成すると、国道のものとあわせて三本になる。国道のトンネルを通って行くと、宇和島市内から津島町はほんとうに近い。岩松に戦後疎開した作家の獅子文六が、海はどこに行ってしまったのかと不安をおぼえながら宇和島から木炭バスでつづらに折れる峠を越え、やっとの思いでたどり着いた別天地という趣はすでに遠い日の話になった。
 トンネルは、便利になってありがたいが、あまりにあっけなくて、少し味気ない気がする時もある。昨年、愛媛新聞で、津島町の松尾峠の頂上に地元の有志の人々が遍路小屋を再建したという記事を見た。国道のトンネルの脇から上がる、かつて使われていた古い遍路道の倒木を取り除き、刈り払いをして、上がり口にトイレと休憩所をつくり、峠の頂上のかつて茶屋があった場所にログハウス風の立派な遍路小屋が建てられたという。知人にたずねると、歩きやすい道で道標も整備したので迷うことはないとのことで、早速出かけてみることにした。
 1月半ば、気持のよい晴天である。宇和島市内を昼過ぎに出発。行きは、松尾トンネルを抜けて、車を熱田温泉の駐車場に置かせてもらう。車に積んできた自転車で国道56号線松尾トンネルの入口まで戻り、自転車を押して遍路道を上り、宇和島側に下ってから、自転車で温泉に引き返すという目論見である。熱田温泉から、緩やかな上りを自転車で数分、松尾トンネルの津島側入口に着いた。左側に手摺りがあり、しっかりした案内標識がある。頂上まで1.37キロ、宇和島側まで3.37キロとある。道路の右側に「うちむら」という菓子屋があったので、饅頭でもリュックに入れて行こうと思い、反対側に道路を渡って店に入った。ちょうど、白い饅頭が蒸し上がったところで、それを包んでもらった。水筒に水を汲んでもらいながら、遍路道について店のご主人に伺うと、トンネルが出来る前は店の背後から道が続いていたそうだが、今は、左手の整備された入口から入ったほうが無難とのことである。このお店は岩松の町中に本店があるそうだが、もう15年近く、こちらで商いをされているそうだ。

遍路道

- 旧道を横切って向い側に続く遍路道 -

 店を出て、道路の反対側にもどり、遍路道に入る。ブロックに彩色した休憩所を過ぎると、青い空と山を背にした谷間に、石垣の美しい棚田が数段続き、その脇の山裾に道が延びていた。国道の殺風景な様子からは少しも想像出来ない長閑な景色である。こんな道がまだ残っていたのかとあっけにとられた。最初はほんの少し階段が切ってあるが、後は谷川に沿った歩きやすい道である。自転車を押してもそれほど難渋しない程度の上りを小さな石橋がかかった所まで登ると、道が左に折れる。道標が所々の木の枝に結ばれているので、安心して先に行ける。ほんとうに気持ちの良い道である。石を敷いてある所もあり、多少の雨でも足元はよさそうだ。どんどん登っていくと、10分ほどで棚田の後に檜を植林した場所に着き、そこを過ぎてほんの少し行くと、一旦、旧道に出る。丁度残土処分のトラックが音を立てて通り過ぎて行くところであった。出たところにも、旧道を横切ったすぐ先にも案内標識があるので道を誤ることはない。そこからまた、林の中の道を進む。道の右側の上が明るく、車の気配がする。

- 要所には案内が有るので迷うことはない -

 どうも旧道がこの道にそって拓かれているようだと思っていたら、やはり数分ほど行ったところで、道は右に上がり旧道と合流した。ここで、道が分岐していて、左手に道幅4メートルほどの土の道が続いており、こちらに遍路道の標識がある。この道が文六が木炭バスで越えた道のようだ。右手の舗装路は、文六が去った後に、最初のトンネルが開通して、開削された道であろう。遍路道に使われている道は、かつてバスが通っていただけに、路面がしっかりしている。勾配もそれほどではないので、しばらく自転車を漕いで登ることにした。道の左右が切通しのようになって、路面に採石が敷いてあったので、再び自転車を押して歩きはじめたが、ほどなく、広場の様な場所に着き、そこに真新しい遍路小屋が建っていた。中を見ると、若いお遍路さんが一人、休んでいた。


- 松尾峠頂上手前の切通し -


- 松尾峠頂上の遍路小屋 -
若いお遍路さんに会った。

宇和島から岩松へ

- 宇和島側に下り切ると、最初は、のどかな田園風景の中に出る -


- 宇和島に下る道も歩きやすく木々におおわれた気持ちの良い道だ -


- 砕石場 -

 遍路小屋は、『てんやわんや』に因んだ愛称がつけてあって、天井には岩松名物のオオウナギに摸した木が吊るされていた。背後に昔、茶屋があった時に使われていた井戸がある。若いお遍路さんは丁度出発するところのようであった。先程の饅頭を手渡し、少し話した。今日は仏木寺から龍光寺、明石寺まで行くとのこと。大きなリュックを背負い、別に小さなカートを引いていた。お遍路さんが出た後、10分ほど休んでから、小屋のすぐ脇の道を宇和島側に下った。降り積んだ落葉の感触がやわらかい、歩きやすい道であった。15分ほど下ると棚田と畑が広がる山間に出た。しばらく畑の中の道を行くと、突然採石場の中に出る。人気はないが、土埃をあげて重機がうなり、なかなかすさまじい。山がごっそり削り取られていて、ちょっと賽の河原のような風景である。急いで通り抜けると、すぐに旧道に出る。採石場の先で、自転車に乗り、坂を下っていくと、先刻のお遍路さんが先を歩いていた。一声掛けて通り過ぎ、国道に出て、今度は津島町に向かって松尾トンネルに入る。このトンネルは国道を通る遍路さんにとって難所の一つだと言う。なるべく息を閉ざしてペダルを漕ぎ、数分で抜けた。間の抜けたことに、トンネルを出たところで、先程水を汲んでもらった水筒を忘れてきたことを思い出し、もういちど「うちむら」菓子舗に立ち寄る。ご主人が出てこられ、「追いかけたんですが、姿が見えなくて」と言われる。ちょうど、焼饅頭ができあがったところで、一つ。梅干しが餡の中に入っていて、さっぱりした甘味がおいしい。

- 岩松川で白魚漁が始った -


- 宇和島側に下ってしばらく行くと賽の川原のような荒漠とした採石場に出る -


 「うちむら」菓子舗を出て、自転車で岩松に寄ってみることにした。岩松橋を渡り、獅子文六が暮した大畑旅館を過ぎ、青い鉄橋を過ぎて川原に下りると、白魚漁が始っていた。もうすぐ白魚祭りの季節である。しばらく漁の様子を見せていただいた後、自転車をおいてしばらく町並みを散策した。帰りには熱田温泉につかって帰ろう。

- 岩松、西村酒造の酒樽 -


- 岩松西村酒造の酒蔵 -


- 大畑旅館 -


 
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