倉敷堤窯の器。天満屋福山六階ギャラリーで
来島海峡大橋
児島書店の店内
喫茶ルナのミルクセーキ
7月20日の日曜日にしまなみ海道を通って、福山に出かけた。駅前、天満屋六階のアートギャラリーに倉敷堤窯武内真木さんのくらしの器展を見に行ったのである。
会場には、倉敷堤窯の皿や鉢、急須、湯呑み、水差しなど、定番の品々や、新しいかたちのマグカップがならべられ、スリップウェアの皿も壁にかけてあった。私は、小皿を一組と鉢、小さい水差しを一つもとめた。
武内真木さんの器は、使っていると手放せなくなる。器が生活の中でどう使われるかということに熟慮を重ねた父子二代の窯の、長い研鑽と経験がこめられた品々は、どれもあたたかくて、少しのけれんもない表情が心地よい。
昼頃に福山市内に着いて、郵便局から駅前の方向に広い道を進み、駐車場をさがして車を停めた。城の反対側の駅前広場のあたりは、特徴のないビルが建ち並び、道路が広くて真っすぐなせいか、人間味がなくよそよそしい雰囲気で、町の個性とい うものがほとんど感じ取れなかった。
休憩に入った武内真木さんと、食事を取るために歩いて駅前に出た。出雲そば大黒屋で四色そばと小玉子丼を食べ、ルナという古い喫茶店に入ってミルクセーキを飲んだ。歩いているとロータリーを取り囲んだビルの背後に隠れた商店や食べもの屋、色褪せて見える昼の飲屋街などが目に入り、ぐっと表情が変わって見えた。
天満屋脇のアーケードの中に児島書店という古書店があった。店内をちょっと覗いてみると、手前の書棚の脇に記念写真のような写真が貼ってある。井伏鱒二の顔が見えた。よく見ると、右手に俳優の北村和夫、左にキャンディーズの亡くなった田中好子がいた。これは映画の「黒い雨」の時に撮られたものだろう。そう言えば、井伏は福山の誠之館に通っていた。井伏には、鞆の浦の沖の仙酔島に子供の頃滞在した思い出を書いた随筆もある。中に入ると、帳場には眼鏡をかけた品のよいご夫人がすわっておられ、その前の書棚には井伏の本がたくさん置いてあった。石井桃子の文章を井伏が推敲したドリトル先生ものも二三冊もあった。ちょっとほしかったが子供の頃のものがどこかにあるのでよした。横に「保元物語井伏鱒二訳平治物語井伏鱒二訳平家物語中山義秀訳」という河出の日本文学全集の端本がある。昭和29年発行、古書価500円。本を山積みにした帳場の脇に福山の古い地図が売ってあり、それと一緒にいただいた。
帳場の後ろを見るとやたらと魯迅の書籍が目立つ。墨跡めいたものもあり、背後の書棚も魯迅に関わりのある本がたくさんある。中に上海内山書店で魯迅と深い親交のあった内山完造の「花甲録」もあった。ご夫人にたずねると、このお店は、井原市(後月郡)出身の内山と縁があり、店主の父は上海内山書店の店員であったそうだ。魯迅や夫人の許広平とも親交があった人という。喫茶店のミルクセーキも悪くなかったが、この古書店にも驚いた。書棚には宮城道雄の本も見えた。何年か前、福山から芦田川沿いに少し入った神辺に菅茶山の私塾黄葉夕陽村舎を訪ねた時のこと、近くに菅茶山記念館があり、中に太宰治の「盲人独笑」のモデルとなった「葛原勾当」の展示もあった。宮城道雄の父は鞆の出身で、葛原勾当とその孫の葛原しげるについてふれた「鞆の津」という随筆もある。その日はほどほどにして店を出たが、また来たい店だ。
井原市高屋の民家のたたずまい。
高屋は児島書店創業者の出身地で、旧後月郡、内山の故郷にも近い
※高屋の写真は倉敷滞在中の冬の休日に訪れた時のものである
旧高屋村田口の森近運平の生地のあたり。山峡にかなり入る。
堺利彦は笠岡から人力車で来て高屋で森近の弟に会い、遺児のいるこの山里の方を望見して引き返した。
買い物車を押していたおばあさんに森近の生家のあとをおしえてもらった。
倉敷に暮らしていた頃、大逆事件の冤罪に掛かって殺された森近運平の墓と故郷を訪ねた事があった。笠岡から峠を越えた後月郡高屋というところで、現在の井原市である。NHKのETV特集の「日本人は何を考えてきたか」という番組で大逆事件がとりあげられたことがあり、無茶苦茶なでっちあげで殺された森近のエピソードも紹介された。堺利彦が冤罪の犠牲者の遺族を各地に訪ねた思い出を書き上げた『暮春の古服』という短編があるが、番組では、その朗読を織り込み、フランスの女性研究者が、堺の足跡を踏んで、森近の故郷を訪ねるところがあって心に残った。
それで休日に出かけたのである。内山は、その時に通ったおなじ後月郡の出身であり、店主もその近くの出身のとのことである。
会場でお客が途切れた時に、武内真木さんといろいろな話しをし、楽しい時を過ごした後、夕方四国に同じ道を走って帰った。
今回の短い旅は武内真木さんとゆっくり話せたこと、そばもおいしく、古い喫茶店も古書店もよかった。
家に帰り着き、夕食後に、真木さんの湯呑みでお茶を飲みながら、書架を眺めると、内山の本は、花甲録があるくらいだ。これもご縁と、インターネットの「日本の古本屋」で、内山の回想録「そんへえおうへい」とか、吉田曠二という人が書いた「魯迅の友、内山完造の肖像」という本などを注文した。
涼しくなったら倉敷に出かけるついでに、福山に寄り、高屋や神辺も再訪したい。