2006年10月号 掲載
イキトス(ペルー・アマゾニア)
第 1 回
関 洋人 (大洲市在住)
- イキトスで滞在したホテル -
人は親切だが、設備には問題が多い。
一九九六年十二月二十六日午後一時、リマを出発したCF(フォーセット)三一八便は、アンデス山脈を越えて、眼下に地を覆い尽くす、濃密な緑一色のセルバ(熱帯雨林)を蛇行するアマゾン支流ウカヤリ川の赤茶色の流れが見え始めると、経由地のタラポトに着いた。時計を見ると午後二時であった。
タラポトは、当時、リマの日本大使公邸人質事件を起こしたトゥパク・アマル革命運動(MRTA)が強い影響力を持っていたサン・マルティン州の州都で、コカイン密貿易の一大拠点とも言われていた。窓外を眺めると、この辺りから、庶民の家がアドベ(日干しレンガ)作りから、トタン葺きに変わっているのがわかる。着陸すると、飛行機の電源は全て落とされ、機内には開け放たれた搭乗口から外の熱気が入り込み、たいへんな蒸し暑さだ。
午後二時五十五分タラポトを離陸。イキトス郊外に飛行機が近づくまで、緑一面のセルバが続く。アマゾン最深部だけあって、まだ人の手がはいっておらず、眼下に人工物の痕跡はない。実際、リマからイキトスまでは道路はなく、交通は空路か船便しかない。イキトスは、いわばセルバの中に孤立した都市なのだ。それゆえ、イキトスにはリマなどからmalo(悪人)が入り込みにくく、ペルーではめずらしく治安が良い街になっているらしい。午後三時五十五分到着。
(つづく)
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