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2001年01月号 掲載

 
ペルー・アマゾニア紀行 10
関 洋人 (大洲市在住)


 ドクトルはパブロと一緒にビールを飲みに出かけた。私はそのまま、のんびりと道行く人々の様子を眺めながら、コンサートの始まりを待っていた。
 十時過ぎに、やっとコンサートが始まった。やんやの喝采を浴びながら舞台に上がったのは四人のグループである。ボンゴを叩いているのは十一歳の少年だという。まわりでは、胸と腰周りだけを小さな布で被った二十歳に満たないというダンサーが音楽に合わせて体をくねらせながら恍惚とした表情で踊っている。長い時間待ったコンサートが僅か三十分ほどで終りに近づいた時、なぜか結婚式をあげたばかりというカップルが現れ、会場に集った人たちに紹介された。観客に取り囲まれてさかんな祝福を受けている。それが小一時間ほど続いて一段落し、いよいよお開きというときのことであった。私の右隣に座っていた青年が不意に、私に向かって日本語で「あなた日本人ですか?」と訊いた。彼の名はダヴィッド・セザル・サカモト・メレンデスといい、歳は十六だそうだ。日系人で子供の頃四年間、ヨコスカに住み、彼の父親もお祖父さんもまだ日本に居るという。彼は私の渡したメモ帳とボールペンを手に取り、父と祖父の住所と名前を書いて返した。父はセザル・サカモト、そして祖父の名は、サカモト・コバヤシ(??)だという。書き終えた彼は、私が日本に帰国したら元気な自分に会ったことを伝えてくれと言い、ボールペンに貼り付けたままになっていた値段のシールを見て「えっ三百円、これちょっと高いですね」と驚いた顔をして付け加えた。



 サカモト君は十六歳のくせに生意気にもタバコ売りから、タバコを一本買ってふかしている(ここではタバコは一本ずつばら売りをしている)。彼と問わず語りに話していたら、十歳くらいの少女が近づいて来た。いきなり、サカモト君の顔にシャボン玉を吹き付け始める。サカモト君の友達らしい。彼女は私の顔にもシャボン玉を飛ばした。もう午後十一時をまわったというのに、ここには子供たちや若者たちが溢れていて少しも数が減る気配がない。てんでに踊ったり、ローラーブレードで走り回ったりしている。遊歩道ではピエロの寸劇が演じられ、屋台の近くにはなんと人力メリーゴーランドまで動いている。サカモト君はずっと河畔の手摺に腰掛けてしゃべっていたが、近づいて来たポリスに「降りろ」と注意された。転落事故が相次いだために禁止されているとのことである。私がその様子に気を取られていたとき、さっきのシャボン玉少女が、わたしをつついた。「気いつけんとあかんでえ」といった口調でたしなめながら私のカメラケースの蓋を差し出した。知らぬ間に落としていたのを拾って持ってきてくれたのだった。これをきっかけにして、いつ果てるともない賑わいから離れ、十一時過ぎにホテルに帰った。ドクトルはもうすでに帰って部屋にいた。
(つづく)

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