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2001年12月号 掲載

 
メリダ メキシコ・ユカタン半島 
関 洋人 (大洲市在住)


 下水に落ちて、極度の悪臭の他には一応事なきを得た私は、ホテルにもどって、すぐにズボンを脱ぎ、シャワーを浴びた。もう匂いには慣れていたが、いつもより丹念に体を洗い、ズボンを洗濯してバスルームに吊るした。ベットに横になると疲れが出たせいかそのまま眠りこけてしまい、目が覚めるともう日が落ちかかっていた。今日は大晦日でどこの店もしまっているから夜は仕方なく、大枚四五ドルを払って、八時頃から始まるという(八時開始と案内板に書いてある場合、中南米では実際は開始が十時頃になる)ホテル主催のニューイヤーパーティーに出かけた。入口でラッパや笛、風船、冠などパーティーを盛り上げるための小道具が手渡される。席につくとボーイが、ままごと用位の大きさのオレンジ色のプラスチック製のバケツに氷を山盛りにして持ってくる。氷ばさみなどはなく、みんな手づかみで氷をコップに入れる。パーテイー料理が美味しくないのは何処も同じだが、このホテルの場合は量も極端に切りつめている。料理を置いた狭いテーブルに続く長蛇の列に加わったが、テーブルに辿り着いたときには、すでに皿の料理はほとんど姿を消していた。
 会場でわれわれと相席になったのは、メリダの南南西約100キロメートルの町カンぺチェからわざわざ(地球のはるか裏側からやって来たわれわれこそがわざわざなのだが)やって来たという親子の三人連れ。ドクトルは、これ幸いと、すぐにスペイン語で話し掛け、語学力の研鑽に励んでいる。いつものことながらたいした執念だ。外国語取得を志す人はこうでなくちゃ!K君は手近にあった紙でツルを折り、親子に渡して折り方を教えている。結構受けている。私は、芸がないので、バンドの前のダンスの輪に加わった。わたしは日本に居るときには決して人前で歌ったり踊ったりしない。ところが不思議なことにラテンアメリカに来ると性格が一変して、派手に踊り狂う性癖がある。かつてボリビアのサンタクルスのヤシの葉で葺いた屋根のディスコで私のハチャメチャな踊りが受けたことがあったが、この晩も不思議に大受けした。珍しく女性に誘われて、疲れ果てて動けなくなるまで踊り狂ってしまった。午前二時過ぎにフラフラになって自室にもどったが、延々と続くパーテイーの騒音で寝付けない。一睡もせずに新年を迎える羽目になった。
(つづく)

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