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2011年11月号 掲載
第 121 回 児島のうどん
 
 石はるうどん 
  



 児島は、讃岐のすぐ向い側で、私の住むアパートからも瀬戸大橋と対岸の四国がはっきりと見える。近くの田の口港には、御影石の大きな鳥居が海に向かって立ち、備前焼の狛犬が海をにらんでいる。この港が、由加山と金毘羅山の両参りが盛んな頃の参道入口であったそうだ。
 とにかく、かつて渋川の海岸から、崇徳院の慰霊に四国白峰に渡った西行法師の時代から瀬戸大橋の現代まで讃岐は近い。というわけで讃岐うどんなのだろうかというくらい、児島にはうどん屋さんが多い。総じて言えば、値段はご本家の讃岐ほど安くはないが、だからといって高いということはない。半年の間に、「ここがおいしい」といろいろ教えてもらった。よく食べに行くのは唐琴の「石はるうどん」。児島の町中から、渋川海岸に向かう途中にある。「肉天ぶっかけ」を食べる。うどんの上に鎮座した、衣の大きい天ぷらが汁にふれるとジュッと音が立つほど、からっと揚げっている。うどんはむろん茹で立てで、量もたっぷりだ。甘めのいなり寿司も、まぜ寿司もいい。寿司の米がおいしいので、一度、客が途絶えた時にお店のおばさんに、もしかしたら岡山の在来種の朝日米ではないかと尋ねてみた。「さあねえ。コシヒカリだか、朝日米だか。普通の安いお米だよ。大きな釜で炊くからおいしいんだよ」とのこと。石はるさんは元々お米屋さんで隣で米を買うことも出来る。カウンターの向こうの大鍋が湯気を立てる厨房で、うどんをゆでたり、盛付けたり、甲斐甲斐しく働く人たちの姿もおいしさを引き立てる。
 四月に児島に来て、初めてこの店に来た時、店頭に東日本大震災発生直後の写真が掲示してあった。ご主人がお馴染の合力を得て、トラックでうどんの炊き出しに出かけ、写した写真で募金箱が脇に置いてあった。まだ一般の支援や、道路の復旧が始る前のことで、とにかく行こうということで出かけられたようだ。
 
 
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