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1999年03月号 掲載
第 25 回 寒ボウタレ
石畳の宿 
 



 陽暦一月六日頃の小寒から節分までのほぼ一月の寒の時季に、南伊予の人々はホウタレ(片口いわし)を、よく食べる。私の家でも父がことのほか「寒ボウタレ」を好んだから近所の魚屋に新しいきれいなホウタレが入ると、母がいつも大量に買ってきた。手で割いて刺身にしたり、あるいは七輪で塩焼きにしたりしてよく食べたものだった。
 青ねぎを刻んで叩いたのと、生姜を下ろしたのをまぶしつけ、醤油をかけたホウタレをおかずに炊き立ての温かいご飯を頬張ったときのことは今でも時々思い出す。

トロ箱のホウタレ(片口いわし)
 数日前に近所の魚屋に寄ったら、新しいぴかぴかしたホウタレがあった。トロ箱に一杯の銀白色のホウタレをめずらしそうに見ていたら、魚屋のご主人が「もう節分も過ぎたのに今年は寒さが遅いけんかなあ。きょうは、きれいなホウタレがあったのよ」と話し掛けてきた。百グラム五十円。一キロでわずか五百円。ご主人と奥さんにホウタレの割き方を教わって、久しぶりにホウタレの刺身を味わうことにした。
 家に帰って、魚屋で実地指導を受けた通り、一匹ずつ、頭を取って腸を出し、親指の爪で片身ずつ、身を骨からはずしていった。死屍累々。骨をはずした身を冷水(今の季節、水道の水は立派な冷水です)で何度も洗う。水が澄んだら手で搾って水気を切り皿に盛る。薄く柔らかい鱗は洗っているうちに自然と落ちてしまう。
 ホウタレは小さく私の指は太くて短い。自慢ではないが無器用だ。でも、大丈夫。妻や子供たちの見守る中、冷たい水道の水に手を晒しながら、一時間近くも頑張ったら大皿に山盛り、ホウタレの刺身が出来た。

スプーンでも手でも簡単に開ける
 薬味の青ねぎを刻んでたたく。少しねばねばしてねぎの甘味が出る。生姜は皮を剥いてさっとおろす。皿に取り分けたホウタレに薬味と醤油をぶっかけて和え、炊き立てのご飯で食べる。寒さがずれて季節が遅いせいなのだろうか、ホウタレの大きさは少しむかしより大きいものが多いようだ。しかし、味わいはなつかしい昔のままだった。子供も妻も喜んで食べている。
 食後には、海に近い田舎に住む幸せを少し感じ、母の手が荒れていたことなども思い出したのである。
 
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