2003年11月号 掲載
第 65 回 ほんとうの醤油と味噌
田中屋株式会社
松山市三津3丁目1番33号
TEL089-952-2252
田中屋の店舗。明治後期の創業当時のまま
田中屋の店舗をスケッチする藪野先生。
醤油を熟成させる杉樽。
松山市三津、厳島神社の奥 の古い町並みの細い路地の先に田中屋という昔ながらのやり方で醤油味噌を醸造する会社がある。明治後期の創業だというが、建物は江戸時代終わりに建てられた当時の姿をよく留めていて、歴史を感じさせる三津の町並みの中でも落ち着いた佇まいが、一際美しい。
先日、田中屋の三代目田中一かずお生さんに店の中を案内していただく機会があった。奥に入ると、風格のある大きな杉の樽が並んでいる。創業の時から使い続けられたものであるという。梯子を上がって樽の中を覗くと、茶色っぽい色をした醤油のもろみが見えた。田中さんが少し掬って味見をすすめてくれる。塩気をやわらかく包むなんともいえぬまろやかさがあってとてもおいしい。
田中屋の醤油はこの年月を刻んだ樽で二年間じっくり熟成させてつくる真実の天然醸造である。材料は国産の有機栽培の丸大豆と愛媛県産の裸麦。(愛媛県の裸麦の収穫量が日本一であることを田中さんに聞いて初めて知った。だから愛媛県は四国で唯一麦味噌を作る県なのだそうだ。)
「地場の材料と、天然醸造、無添加にこだわるのは、そうすると、おいしいからです。おいしくなければ意味がないでしょう」と田中さんは言う。戦後の大量生産、大量消費の時代に同業の零細メーカーが次々とつぶれたが、田中さんは大量生産が出来ない天然醸造に敢えてこだわってきた。細々とでもいいから納得できるものを作って、良さがわかってもらえる人に売る。中途半端な妥協は全くしなかった。道楽だと批判を受けたこともあったというが、逆に、田中屋の味を支持する人たちがどんどん増えていった。
田中さんは松山から移民した人がブラジルで興した醤油醸造会社の技術アドバイザーを長年務めている。田中さんご自身が、数度にわたって現地を訪れて指導したその会社は、今やブラジル全土のシェアー九割以上を占めブラジルで醤油といえば「さくら醤油」(今月号中南米紀行参照)というまでに成長した。「ブラジルの醤油は大豆とトウモロコシの粉で作るんです。日本の大豆と小麦の粉で作るのとは微妙に味わいが違います」。その醤油の味にブラジルの人の味覚がなじんでしまい、世界中に販路を広げたキッコーマンもブラジルだけには入り込めないという。田中さんは、ブラジルと日本の商売に対する考え方の違いなどを乗り越えて、細かい技術指導を無償で続けてきた。松山で学ぶブラジル人留学生の世話をしたこともある。田中さんの伝統的な製法にこだわる醤油づくりの技が、ブラジルに新天地を求めて移民した人の起業を支え、助けたというのも面白い。
樽の中のもろみ
家に帰って、田中さんにいただいた田中屋・純正濃口醤油でヒラメの刺身を食した。家人に田中屋純正こうじ麦味噌で豆腐のみそ汁を作ってもらった。ともに、田中屋の誠実なものづくりが理屈抜きに体にしみるような格別、出色の味わいだった。
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