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1999年02月号 掲載
第 24 回 朝のうどん
やまこうどん 
愛媛県宇和島市錦町 
営業時間/5:00am~売り切れまで

店内に吉村昭の「朝のうどん」という額がかかっていた。吉村は宇和島に来ると、 ある時は奥さんの津村節子とある時は編集者の人と一緒に必ずこの店のうどんを食べに来てくれるそうだ。 うどん一杯300円。
夏の朝などに夜行で着いた旅先の駅前に朝早くから一軒だけ開いている喫茶店を見つけ、コーヒーの香がほんのりと漂う店の前がきれいに掃き清めてあって、水が打ってあったりすると、それだけでなんとなく幸福な気分がしてくるものだ。
 作家吉村昭の随筆を読んでいたら、宇和島市の、朝早くから店を開けてうどんを食べさせる店のことが書かれていた。読んでいて、吉村のこの店に対する愛着が快く、これは、ぜひ一度行ってみたいという気もちが湧いてきた。さっそく、宇和島に住む知人にそんな店があるのかと電話でたずねたら「『やまこうどん』のことじゃないやろうか」とすぐに教えてくれた。その知人の話しによれば、店は宇和島駅の近く、グランドホテルの先の小さな川沿いにあり、暖簾も看板も無く普通の民家と区別がつきにくい。早朝の五時から開き、大体七時くらいまででその日の分が売り切れると終わりになるということであり、まさに吉村昭の書いているその店に違いない。

かまどで出汁が煮立つ。

うどんの玉が届いた。
 翌日の午前四時過ぎのこと、宇和島駅からグランドホテルの方に入りそこから川沿いの細い道を走ると、角にプロパンガスが置いてある灯りのついた家があった。ガラスの引き戸を開けると、まだ店内にお客の姿はなく、店を切り盛りしている女性が台所のかまどに火を起こして開店の準備をしているところだった。店の右半分は四人がけの椅子席が三組、台所とのしきりにカウンターの席がある。五時の開店には、まだ時間がある。出直そうかと思っていたら「寒いから、火に当たっとったら」と親切な言葉をもらった。薪が熾き火になったかまどの上では、かつお節と昆布の出汁がおいしそうな匂いを放っている。右手の揚げ鍋の側には小海老のかき揚げが山盛りになっている。この店のうどんは、このかき揚げに宇和島名産の天ぷら、かまぼこがのっかっている一種類だけ。五時ほんのすこし前に特注の麺が届いた。細打ちで、一玉の分量が少し多めになっている。開店と同時に、店内は十人ほどの常連客で一杯になった。郡部から魚の仕入れに来る人や、新聞屋さん、タクシーの運転手、飲み屋のママさん、早朝ジョギングの人などである。うどんの湯気と、店の人と常連の客たちが交わす言葉が店内を一気に温かい気分で満たす。客の何人かは台所で自分でうどんを茹でたり、汁をかけたりと甲斐甲斐しく動き回っている。店の人が一人で忙しいのを見かねて、常連客が勝手知ったるの流儀を始めたそうだ。
 「あったまってね」といって出してもらったうどんをすする。だしは、昆布とかつお節の効いた淡白で気取りの無い味。麺のボリュームもあり、小海老のかき揚げやてんぷら、かまぼこもおいしい。出汁を薪で温めているせいだろうか汁のあったかさが長持ちし口あたりがやわらかい。このうどんが一杯三百円という値段は何年も変わらないという。店の人は「あたりまえのことしかしてない」と軽く言われるが、食べながら、これはたいへんなことだと心から思った。今年で開店四十六年になるこの店がいつ来ても変わらずに、宇和島にあるということはなんと素晴らしいことだろう。
 
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