1997年06月号 掲載
第 5 回 宮本輝『地の星』とカツオ―――城辺町深浦漁港
宮本輝『地の星』新潮社刊。おもしろい。松山の紀伊国屋書店の書棚には初版が売れ残っていたが、
城辺の明屋書店には6刷のものがあった。文庫もある。
初鰹の季節である。愛媛県でただ一つの、カツオ一本釣り漁港である南宇和郡城辺町の深浦漁港に出かけた。深浦に行く目的は二つあった。一つは鰹、一つは宮本輝のライフワーク『流転の海』の第二部、『地の星』<郷里南宇和編>の舞台を見るためである。
ぴんばちの刺身
50歳で初めて子を授かった『地の星』の主人公松坂熊吾は、虚弱な我が子を育てるため、事業半ばで故郷南宇和に引きこもる。「わしには、何をしようっちゅう気もない。息子が田舎の空気を吸い、いなかのお天道さまを浴びて、元気にそだってくれりゃあそれでええんじゃ。女房の体も弱いけん、南宇和の新しい魚を食うて、多少とも丈夫になってくれりゃあええ」と熊吾は言う。宮本輝が私における「父と子」の物語と言っているから、南宇和は作者の父祖の地でもあるに違いない。小説の描写に従い、城辺の商店街から深浦隧道を抜けて、庄屋屋敷の屋根を見た。なだらかな坂を下り、蘇家神社の百八十段ある急な石段を上がってみた。深泥や僧都川、上大道へも足をのばした。作中の登場人物の幻を見たようでもあり、愛憎恩愛、一通りでない作者の眼差しを感じもした。やはり故郷は遠きにありて思うものなのであろうか。
ぴんばちの刺身
共同浴場の前を通って、深浦漁協に行き、鰹の水揚げを見た。3キロくらいのものが中心だ。今の漁場は足摺沖で、「びんぱち」や「しび」という本マグロも揚がっている。仲買のおじさんが「今晩食べるのやったら、柔らこうて全然ちがわい」と言う。鰹ではなく「びんばち」を一本、浜値でわけてもらい家路についた。刺身にした「びんばち」は、さすがに生きが良く、ぷりぷりとしておいしかった。
深浦の町並み
深浦隧道。
城辺と深浦港を結ぶ、戦前に掘られたトンネル。
蘇家神社
『地の星』の主人公松坂熊吾が戦友の死を想起する庄屋屋敷の屋根
深浦漁港
深浦漁協の水揚げ風景
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