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2006年05月号 掲載
第 88 回 戸島のひじき
 
宇和島市 戸島 
 

宇和島市戸島小内浦で。素干しされるひじき。 

収穫直後のひじき。
ひじきにはカルシウムが牛乳の十二倍含まれ、鉄分も豊富。 
 子供の頃、食卓に上がったひじきをずいぶん嫌った。ところが、四十を越えた頃から、少しずつ嗜好が変わり、ひじきをおいしいと思うようになった。油揚やニンジンやごぼうの千切りなどと炒め、鍋に梅干しを一つか二つ放り込んで、少しの砂糖と出汁と醤油で水気が飛ぶまで煮る。
 最近では、たくさん作って、おかずにするだけでなく、ごはんの上にのせて混ぜご飯のようにして食べることもあるし、お酒のつまみにすることもある。
 四月の末に戸島を再訪した時、気持ちよく晴れ渡った島では、ちょうどひじきやテングサなど海草の収穫が最盛期をむかえたところだった。桟橋の近くや海に面した道路には、磯で刈り取って水揚げされたばかりのひじきが一面に広げられていた。採れたてのひじきは、乾物屋で売られている黒い色ではなく、濃い緑色がかった褐色をしている。ご婦人達が選別しながら、素干しにしていた。ドラム缶を半分に切って作ったかまどの大きな釜では、ひじきが煮沸されていた。ひじきに真水を加えてゆでるのは、渋味を取るためだそうである。自家で調理するものの他は、煮た後に天日干して出荷するそうだ。


真水を加えて煮沸する。 
 龍集寺の和尚さんと磯を歩いた時に、ひじきを刈り取った後の岩場を教えていただいた。春から初夏にかけての季節を過ぎると、ひじきは硬くなって、食用には適さなくなるという。
 野坂昭如に、紅茶をひじきと間違える「アメリカひじき」という小説があったが、実際のひじきは実にみずみずしいものであった。戸島からの帰りに、和尚さんが島で採れたばかりのひじきをおすそ分けしてくださった。家に帰り、すぐに煮付けにして夕食のときにいただいた。その戸島のひじきは、日中、海辺の道という道がひじきやテングサで覆い尽くされた島の光景が目に焼き付いていたせいか、ことの他おいしく感じた。生きる元気をもらったような気さえしたのである。

 
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