そば好きに、おいしいという蕎麦屋に連れられて行くと、食べる前に、蘊蓄や能書きが噴出して、勉強にはなるが気が重くなるときもある。無論、美味しい方がいいに決まっているが、私はなるたけ、気軽に食べたい。求道者のようにそばの味を究める人は立派だと思うが、私は縁なき衆生の一人である。
　松山、東長戸の「玄」も、最初はそばにくわしい知人に連れられて行った。店の構えが、コンクリート打ちっ放しでしゃれているし、店内も天井が高く内装も渋いので、なんとなく通好みの店かと気がひけかけた。しかし、それは全くの見当違い、味はそばにうるさい知人がほめるだけのことはあったが、店の人は高ぶらず、気安く、接客は過不足なく親切で、とても食べやすい店だった。敢えて不満をあげるとすれば、そば湯が薄かったことと、その日食べた天ぷらが多少べたついていたことくらいである。
　店が少し街の中心から離れているし、開いている時間が昼は十一時半から午後二時まで、夕方は五時から八時までだから、そんなに足繁く通うわけにはいかない。しかし、時々思い出して食べに行く。私のおすすめは熱い鴨南蛮。つくねが一つ入っている。お昼には割安のランチもあるし、量も十分だ。夜は焼き味噌など、簡単なつまみとそばを肴にして地酒を楽しむこともできるが、店が八時きっかりに閉まるから酒を過ごすこともなく具合がいい。新そばの季節から三月の末頃までだされるそばがきもいい味だ。