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1997年11月号 掲載
第 10 回 湯気のごちそう―たらいうどん
 
上浮穴郡小田町 
 
 市場の食堂には、はずれがないという。東京の築地しかり、大阪の黒門、北陸金沢の近江町も又しかり。八幡浜魚市場のすぐ前にある「みなもと食堂」に出かけてみた。

米穀店や精米所には必ずといってよいほど「生うどんあります」の貼り紙がある。

小番食堂
 去年の冬、久万町から峠を越えて、たまたま小田町役場下の「小番食堂」の漫画の看板が目に付いて、はじめて「たらいうどん」を食べた。曇り空の寒い日であったと思う。時刻は午後二時を過ぎた頃で、薄暗い店内には誰もいなかった。しばらく待つと、立派なたらいがテーブルの上に置かれた。たらいの中には、たっぷりの湯の中にうどんがつかっている。顔に向かって白い湯気が静かに立ち昇って来た。大豆と椎茸、柚子の入った濃いめのつけ汁に擦り胡麻を入れて、早速うどんをすすり込んだ。土地でとれた粉で作ったという、うどんは腰が無くて柔らかいのだが、不思議に切れにくい。質実で温かみのあるおいしさがじんわりと腹に沁みてきた。醤油の味がかったつけ汁に入った椎茸のうまみや、大豆の甘さ、柚子の香りが口中で混じり合い、塩気の薄いうどんの味を引き立てる。
 たらいの厚みのせいだろうか、湯はなかなか冷めず、食べ終わるまでたらいの中で湯気を立て続けていた。
 私とたらいうどんの出逢いは、このようにはなはだ孤独でひっそりとしたものであったが、本来、小田町では冠婚葬祭など、人の集まるときにたらいうどんを食するのが慣わしだそうである。湯気の立ち昇るたらいを囲んでうどんをすすりながら座を持てば、おいしさも一際引き立つに違いない。


小 番 食 堂  TEL0892-52-2129
西岡米穀店  TEL0892-52-2247
森口精米所  TEL0892-52-2006


うどんは機械で4回合わせて4回延ばしたあとで注文の太さに切る。粉は松山産と地元産を混ぜている。 小田町寺村の西岡米穀店で。

 
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