1997年03月号 掲載
第 2 回 高知県檮原で番茶を飲む
民宿「友禅」伊藤 辰子さん
高知県高岡郡檮原町太郎川
TEL0889-65-1052
民宿「友禅」
伊藤辰子さん。茶堂でお茶の接待があると必ず役場が伊藤さんに頼みにくる。
昨年建てた茅葺きの離れで。俳句や短歌が趣味。「石車おもはずつかむ秋の風」で上林暁賞を受けた。
この離れに朝日の記者は泊まったらしい。
水が違う
大雪の日に檮原に出かけた。昨年の夏、「朝日新聞」日曜版で檮原の有機無農薬栽培茶に触れた記事を読んだというぼんやりした記憶があった。「茶畑に農薬を使わずにいると、蜘蛛が巣を張り、天道虫が飛び交って害虫を食べてしまう。檮原の民宿に泊まって、朝、入れてもらって飲んだ番茶のなんとおいしかったこと」というような内容だった。お茶の大好きな私としては、大いに気になっていた。それに加え、奥伊予に多い茶堂が檮原にもたくさんあるというので見てみたいとも思ったのである。宇和島から、約一時間半。檮原に着く迄に走っていた車は前を走る軽トラックを含めてわずか三台だけだった。朝にはしんしんと降っていた雪が止み、空は晴れ渡っている。茶堂は大概、旧い往還に面して、集落の入り口に立っている。旅人やお遍路さんに茶を振る舞ったり、村の様々な行事の舞台ともなる。国道を走っていてはなかなか目にすることが難しい。夕方近く、檮原町役場に電話を掛けて尋ねあてた伊藤辰子さんの民宿に落ち着いた。同宿は、私の他には橋を架けに千葉から来ている青年技師がただ一人で、今夜は帰宅が午後九時くらいになるということ。伊藤さんと二人の晩御飯になった。鰹のたたきに、小芋とこんにゃく、人参、天ぷら、莢豌豆の煮物、みそ汁、大根のなます、切り干しの煮たの。ちりめんじゃこ。たいへんおいしい。食事の間、茶堂や当地出身の勤王の志士の話を聞きながら番茶と緑茶を飲んだ。お茶はやはり格別においしい。番茶は近所の農家が自家用に大きな鉄 釜で炒り、手で揉んで筵で干して作ったものだ。湯が沸き立ち始める寸前に茶葉を薬缶に放り込み、煮立ったら火を止める。少し煮出すのがコツだそうだ。紅茶のような赤い色 で、なつかしくて、胸がすっとするような香りとほど良い渋味がなんともいえない。最後に私が持ってきた手揉みの番茶を入れてもらった。愛媛県東宇和郡宇和町の農家で作ったもの だ。これもおいしかった。味は檮原の番茶とかわらない。自宅で飲むのよりはるかにおいしかった。良いお茶だと伊藤さんにほめられた。はっと気づいた。水が違うのだ 。うちは水道だが、伊藤さんの家の水は山から引いている。「今はビニール菅にしたのやが、昔は竹を割った懸樋であったのよ。 そのころの水は又一段と味が冴えていたよ」とのこと。「お茶は、ほんとは檮原より、朝霧が下りる東津野でええのがとれるのよ。つけあわせも干し柿とかあられもちとか、ジャガイモの煮たのとか。相性がある。新聞社の人は離れに二晩泊まっていったが、丁度お月夜で、天国のようなとこじゃゆうて喜こんどられた」。私のように朝日の記事を見て県外から番茶を送ってほしいといってよこす人が結構いたそうだ。しかし、手揉みの番茶は自家用以外にはもう作る人がほとんどいないのだ。檮原に来て、檮原の水で飲むのが一番良いようだ。
檮原への雪の道
「冠雪の一枚となる千枚田」「冬の坂早口の声風に飛ぶ」
「掌に受けて雪の姿をたしかめる」
「生業の大根漬ける四斗樽」伊藤辰子さん作
番茶と煮物。割り箸の袋についた和紙の人形は伊藤さんが作ったもの。
民宿「友禅」
高知県高岡郡檮原町太郎川
TEL0889-65-1052
1泊2食 6千5百円より
(平成9年2月現在)
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