読みたい本:
2010年04月号 掲載
「今井兼次建築創作論」「村野藤吾建築案内」
今井 兼次 著
村野藤吾研究会 著
3,990円
鹿島出版会
2,100円
TOTO出版
先日、広島に出かけた。昼前に、松山観光港からスーパージェットという高速艇に乗って瀬戸内海の島々を眺めながら1時間ほどで広島港に到着。広島港で輪行袋に入れて持ってきた自転車を組み立てて、市内に向った。30分ほど、市内電車の通る道を走って、宿泊先の幟町にあるJALCity広島へ。夕方、東京から到着する友人と会うまでに時間があったので、荷物を預けて自転車で市中の散策に出た。
温かい日差しの、風も穏やかな日であった。しばらくでたらめに走っていたら、左手に、美しいコンクリート打ちっ放しの教会と塔が立っているのが目に入った。すっきりした清潔なデザインの近代建築だが、コンクリートの壁面も年を重ねた色調で、どことなく人の温もりを感じさせる。自転車を止めて、正面から青空を背景にした塔と教会を見上げると、ただ美しいだけでなく、風格と懐かしさが強く感じられた。世界平和記念聖堂(カトリック幟町教会)の建物であった。
戦前、この場所に幟町天主公教会があったが、1945年8月6日に被爆し、聖堂は倒壊し、司祭館も焼失した。今、建っている聖堂は、被爆したドイツ人のイエズス会司祭フーゴー・ラッサール(Hugo Lassalle 1898-1990 戦後、日本に帰化、日本名、愛宮真備(えのみや まきび))神父が、原爆犠牲者を慰霊し、世界平和を祈念するために、当時のローマ教皇ピオ12世はじめとするカトリック信者、さらに世界各地の真に恒久平和を願う人々の助力を得て建設に漕ぎ着けたものであるという。設計は村野藤吾であった。
自転車で教会の周辺を一周してみたが、どの方向から見ても心に残るたてものであると私は思った。もう一度正面の入口に戻り、自転車を置いて中に入った。前庭で、小さい子供を連れた若い母親がベンチにこしをかけ弁当を開いていた。
世界平和記念聖堂南側から
同北側
聖堂内部
今井兼次構想により円鍔勝二らが制作した「七ツの秘蹟」の彫刻の「婚姻の秘蹟」。
天主の聖心を象徴するハート形の中央に結婚する2人の一体化を意味する交錯したエンゲージリングが置かれ、
純愛の薔薇の花帯のエンドレス紋様が配されている。
私は、聖堂を見上げて写真を撮り、正面玄関に近づいた。玄関にはコンクリート彫刻が施されている。この彫刻については見覚えがあった。たまたま、昨年5月30日に上梓された『今井兼次建築創作論』(多摩美術大学今井兼次共同研究会編 鹿島出版会)中にあった「世界平和記念広島カトリック聖堂レリーフ」の項にあった聖堂建設の経緯を記したメモと、この彫刻についての解説を読んでいたからであった。今井兼次は、長崎二十六聖人殉教記念館、早稲田大学旧図書館や演劇博物館、皇居の桃華楽堂、安曇野の碌山美術館などで知られる建築家だ。今井兼次がラッサール神父に設計方針の策定と設計者推挙への協力を依頼され、設計者に村野藤吾を指名し、正面彫刻についてはラッサール神父と協議して「七ツの秘蹟」の構想を担当した。玄関の彫刻は、縮尺20分の1の今井のスケッチ図案に基づいて、彫刻家の武石弘三郎が石膏模型をつくり、その原形に基づいて彫刻家円鍔勝三と坂上政克がコンクリート彫刻として聖堂の現場で制作したものであった。
私は、広島には何度も来ていたが、この建物自体を見るのは初めてで、彫刻も実物を見るのは初めてだった。教会の塔が目に入った時にどことなく、懐かしい思いにとらわれたのは、早稲田の解体されるという文学部校舎や、日生劇場、金沢の近江町市場入口に近い北国銀行武蔵ヶ辻支店など、今まで私が親しんできた数少ない村野の建物が記憶に残っていたせいであろう。ファサードの円鍔勝三らが制作した、今井兼次の構想になる彫刻も前掲した今井の設計した建物を見ているものにとっては、どこかで出会った記憶を喚起させられるものであると思う。私は2人の建築家の個性が広島の町の中に息づいているのに、たまさかに行き合った幸せを思った。
核兵器による死者を悼み、平和を祈る全ての人のために開かれた聖堂の内部もすばらしい祈りの空間であった。
余談だが、2006年に丹下健三の設計した原爆資料館とともに、戦後のコンクリート建築としては初めて、国の重文に指定されている。
家に帰って、昨年11月26日に出版された『村野藤吾 建築案内』(村野藤吾研究会編・TOTO出版)を開いてみた。立面図や平面図があり、建物の内部の側廊や内陣、回り階段など見る事の出来なかった細部の写真もあり、建物の記憶が甦ってきた。地図や施工のデータなども巻末にまとめてあり、村野藤吾の建築を見学するのには実に便利な本である。ページをめくり、写真を見ていたら、いくつかの村野の建築をたずねて見たい気がしてきた。
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