読みたい本:
2002年02月号 掲載
『近代化遺産を歩く』
増田 彰久 著
(中公新書/定価 本体980円)
豊稔池ダム
昨秋、建築写真家の増田彰久著「近代化遺産を歩く」という新書版の本が出た。二十年ほど前の、ちょうどバブル絶頂の頃、初めは忘れられた存在だった日本中の主だった近代建築を撮り終えた著者は、次の取材対象に、当時は、全くと言っていいくらい世間から顧みられることのなかった「近代化遺産」を追っかけ始めた。この本には、著者がそれから二十年近い歳月をかけて、全国を廻り丹念に撮影した「近代化遺産」――鉄道、トンネル、ダム、発電所、橋梁、灯台、時計塔、駅舎、要塞、気象台、ドック、運河、ホテルなどなど――の美しい写真がいっぱいだ。本文も明快で、一読して、近くにある「近代化遺産」というものを訪ねてみたくなった。
ところで、これらの建造物を一括りにした「近代化遺産」という言葉はわかったようでわかりにくい。「近代化」という言葉を安易にのっけている感じが否めないし、正直に言わせてもらうと「遺産」とよぶのも方便のようで気にいらない。
本書の力は、あいまいな「近代化遺産」を具体的に心を打つものとして見せてくれるところにある。著者が心を込めて写した写真をじっくりと見ていると「近代化遺産」というものが、人に感動を与える、なかなかいいものだという気がしてくる。「富国強兵」という日本の近代化の光と影の中に消え去ってしまったかに見えた一人一人の先人たちの営々とした姿が、これらのごっつい建造物に息づいているのを、ここにも、あそこにもと見せられているような思いにとらわれるのである。
今まで、明治以降の西欧化の中でつくられた現存する建造物の中で、西洋館などの近代建築は多少なりとも保存、復元、再生活用が行われてきた。けれども、「土木系」の構造物はダムやトンネルなど人里離れた場所や、高い塀に囲まれた工場の中に隠れた地味で目立たぬ存在であったこともあり、現実的な使命を終えたときには、静かに姿を消して行くのがふつうのことだった。幸いなことに、近代建築の場合と同じく、著者たちの先駆的な仕事が呼び水となって、ようやく平成二年になって文化庁が「近代化遺産総合調査」を始めるなど、行政による保存活用への取り組みも少しずつ始まった。愛媛県でも昨年になって、「えひめ地域政策研究センター」による県下全域の「近代化遺産等総合調査」が行なわれた。
著者は「川下から川上へ市民が上げていく文化財」と言っているが、「懐かしい」というほのぼのとした感情に立って、人々の記憶を喚起する建造物に、歴史的な価値や文化的な価値、機能や効率とは別の尺度で保存再生を図る道が少しだけひらかれたのはうれしいことだ。
さて、本書で増田氏が紹介した愛媛県の「近代化遺産」は「松山地方気象台」と「道後温泉駅」の二件。気象台の方は、先月末の読売新聞日曜版の「近代化遺産ろまん紀行」でもくわしく紹介されたばかりだ。幸い、二つの建物ともに「遺産」と言う言葉を裏切る現役のばりばりで、「遺産」と名付けられることをきっぱりと拒否する頼もしさである。いずれも地元にとけ込んだお馴染みのものばかりだが、「土木系」のものとして、仕事で高松に行った帰りに寄り道した日本で唯一つのマルチプルアーチダム(数多くのアーチ部から成るダム)、これも現役の香川県大野原町の豊稔池ダムの堂々とした風貌ともどもカラーページで近況をお知らせしておいた。
(編集人)
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