2008年09月号 掲載
建築点描 亀老山展望台
展望はすばらしい
舞台になる展望台
自転車でしまなみ海道に出かける。そして、秋晴れの日はもちろん、日光が容赦なく照りつける夏の日も、風の冷たい冬晴れの日も、とにかく、天気の落ち着いて空気の澄んだ視界の良い日には亀老山の展望台に上る。しまなみ海道随一と言ってもよい景勝地である。心地よい風を受けながら来島海峡大橋を渡り、橋をおりてひと坂越えると右、亀老山の案内標識がある。展望が無類によいだけに登りはきつい。ギヤをいちばん軽くしてゆっくりと登る。
何台かの車に追い越され、山にはりつくようにして、右に左にまわりながら二三十分も登ると左手の展望が大きく開ける。もう少しの我慢だ。吹き出す汗を拭いながら、焼かれるように暑かった去年の夏を思い出す。喘ぎながら数分ほど漕ぐと、駐車場の入口に着いた。回を重ねる毎に何となく頂上が近く感じるようになったが、やはりきつい。駐車場を横切ると小さな売店があり、その先に展望台に続く細い階段のスロープがある。今まで、息を切らして山に登り、風景を眺めて帰るのが精一杯だったが、今回は少し建物もじっくりと見てくることにした。
MTBでもロードでも上がれる。下りのスピードには注意。
亀老山展望台は今をときめく建築家隈研吾の設計である。隈は1997年に宮城県の「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞作品賞を受賞するなど、作品の多くが現在高い評価を受け、海外にも作品がある。
四国では、愛媛との県境にある高知県檮原の雲の上ホテルや檮原町庁舎があるが、愛媛の亀老山展望台や、宮城の森舞台とともに、これらの地方の仕事のほとんどは、新しい檮原庁舎を別とすれば、隈が東京の仕事をほとんどしていなかった時期に設計されたものである。隈は地方で仕事をすることにより、それぞれの土地や自然にあった固有の方法論を模索した。「ポストモダンの貴公子」と言われた隈の作風は大きな変化を見せ、木を使ったり、亀老山展望台のように構造物を山の中に埋めて麓からは見えなくしたりと、場所にあった方法をいろいろ考えて実現した。この亀老山展望台は、隈の転機となった地方作品の中でも記念すべき第一号なのである。モニュメントになるような目立つ建物を造ってくれという町長を説得し、遠くから見たら山にしか見えない展望台をつくった。細い入口の導入は、おとずれた人に、最初は、地下に入っていくような感じを与え、上にあがって景色が開けた時の驚きと感動がいちだんと高められる効果をねらったものだと言う。
なるほど、それは、ともかくとしてごらんの通り、景色は実にすばらしい。何度来てもすばらしいと思う。思わず、建築の存在を忘れてしまうが、それだけではない。亀老山の展望台は二百人収容の劇場にも使える設計になっているという。展望台が、ギリシアの野外劇場のように、大いなる自然の景色と拮抗する人間のドラマが展開される場ともなるのだ。夕焼けに染まった展望台にかけられた劇を一度でも見てみたいものであると思った。
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