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2009年07月号 掲載 
久万美術館「久万高原モダニズム-久万でライカを買った男・小椋寛一郎」展
久万美術館
 (7月3日~9月13日まで)

ライカ倶楽部会報や会員名簿


ライカ1型
 岩屋寺に参詣した日に、「久万高原モダニズム」と題された展覧会を見た。展覧会の主人公、小椋寛一郎は、写真家の木村伊兵衛より早く、昭和4年にライカを買った男だという。
 略歴を見ると、小椋は日露戦争の翌年に生まれ、戦後の1960年に亡くなっている。木地師の長男に生まれたとある。松山の私立北予中学に進学し、卒業後、家の田畑や山林の管理を任されたともある。ぼんやりと、会ったこともない小椋のことを勝手に想像した。小椋少年は、月並みだが、だいぶ昔の映画『絶唱』で三浦友和が演じた山林地主の御曹司のような存在だったのだろうか。恋人の山番の娘は山口百恵だった。小椋は蒲柳の質で、徴兵を免れた。結婚早々、写真をはじめ、2年ほどでライカ1型を購入し、日本ライカ倶楽部に入会した。作品を展覧会に出品したり、会員と文通したりしている。パンフには、同時代を生きたアマチュアで、お金持ちの写真家ということからか、ラルティーグの名も見えたが、アマチュアにも、お金持ちにもいろいろあるだろう。
 会場にはライカA型と距離計、引伸器など一式が展示され、小椋が手札版箱形カメラで撮った写真とライカで撮った写真の一部が複写拡大されて壁にならべてあった。ライカで撮って小椋がアルバムに整理したものも、ショーケースの中に飾られていた。壁に貼られた拡大した写真は複写なので、オリジナルの様子がわかりにくいが、アルバムに貼ってあった写真を見ると会員同志で作品の交換をしていたというくらいだから、ただ写しただけでなく、お互いの切磋琢磨のような影響もあり、撮影の意図もはっきりある写真のように思えた。しかし、会場の壁に複写、拡大して見せられた作品があまりに少なく、いったいこれらの作品がどのような意図と基準で選ばれたのかが、私にはわかりにくかった。被写体の種類ごとに、写真として価値を認めたもの、風景なら場所がはっきりと分かるもので、現在の風景との差異が興味深いもの、保存のよいものなどを選び出したのだろうか。それにしても、せっかくなら、もっと多くの写真を選ばずに、見せて欲しいと思ったのである。そうしたほうが彼自身の姿が彼自身の眼差しによって浮かび上がってきたのではないだろうか。

引伸器
 展示されていたライカ倶楽部の名簿18名のうち、見た記憶が有る名前は北原鉄雄だけだった。白秋の弟で、出版社アルスの経営者。白秋の詩を添え、故郷の柳河を撮った「水の構図」という写真集も出している。
 小椋はマンドリンをつま弾き、無類の読書家だったという。展示されていた自筆の「写真要録」の字も知的で几帳面な人柄が良く現れている気がした。10年ほど小椋の年長で、東北岩手の花巻に生まれた宮沢賢治が、チェロを弾いたり、厖大な量のSPレコードを買い求め蓄音機で聴いたりしたのを想起する。さらに賢治より長命だったがさらに10年の年長の群馬県前橋の萩原朔太郎がマンドリンや手品をたしなみ、「元来、僕が写真機を持っているのは、記録写真のメモリイを作る為でもなく、また所謂芸術写真を写す為でもない。一言にして尽くせば、僕はその器械の光学的な作用をかりて、自然の風物の中に反映されている、自分の心の郷愁が写したいのだ。僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食っている。それは俳句の所謂「侘びしをり」のようなものでもあるし、幼い日に聴いた母の子守り歌のようでもあるし、無限へのロマンチックな思慕でもあるし、もっとやるせない心の哀切な歌でもある。」などと書いてステレオ写真に凝ったのも想起する。
 とにかく、小椋の撮った写真の展観が少ないのが不満だった。さらにライカ以前のガラス乾板が40箱分ほども現存するという。ウジェーヌ・アジェがパリで撮った写真の例もある。もったいないという気がしてしまう。
ライカA型は復刻して発売されるほど、シンプルで今も使えるカメラだ。展示されたカメラがオーバーホールしてあるなら、あのカメラで写した写真も見せてもらいたいものだと思った。ただお金持ちがいち早くライカを買ったというのではつまらない。ああそうなのかでおしまいだ。

会場で買った絵はがき。小椋寛一郎「大寄駄馬」
 小椋は昭和4年に開設された飛行機に乗って関西によく出かけていたという。パンフには阪神間モダニズムについての記述もあった。マン・レイとも交流のあったモダニズムの写真家中山岩太は同年、芦屋にアトリエを建て愛好家たちと「芦屋カメラクラブ」をつくっていた。小椋は中山でも朔太郎でも賢治でもない。その時代の中で、小椋がアマチュアとして愛好した写真の姿をもっと生き生きと見せる工夫がないものか。

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