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2003年06月号 掲載
『競馬と私』ダービーの血統学
 
吉沢 譲治(伊予市出身)

第70回の馬券。こういうこともある。
 日ごろの打率は低いのに、ここぞという場面にめっぽう強く、きっちりと仕事をする野球選手がいる。いつもは苛つくほど決め手不足なのに、ここ一番の大試合になると、俄然ハッスルして奇跡的なゴールを決めたりするサッカー選手もいる。
 競馬で走るサラブレッドにも、そうした勝負強さをもった馬がいるものだ。奥底にひそんでいて、ここぞというときに発揮する強い力。それを底力と呼ぶが、そのプラスアルファの底力を引き出すのは、血統の要素が強い。とくに三歳馬が頂点を争う日本ダービー。サラブレッドにとって、この生涯に一度しか走るチャンスのない大舞台では、血統のもつ底力が運命を大きく左右する。
 サラブレッドの血統レベル、資質、特長を示す言葉には、「スピード」「スタミナ」「瞬発力」「持久力」などがある。これらとともに「底力」という言葉がよく使われるのはそのためだ。過去十年、日本ダービーを席捲してきたサンデーサイレンス、ブライアンズタイム、トニービンの三大種牡馬は、確かにどれもここ一番の底力に優れていた。
 とくにサンデーサイレンス。この血統の日本ダービーでの強さは際立っている。今年は例年にも増して優秀な子が多数エントリーしてきた。この原稿が公になるときには、すでに日本ダービーは終わっている。だから予言めいた原稿になるが、おそらく優勝馬はこの種牡馬の子から出ているだろう。
 日本ダービーを勝つには、スピードに加えてスタミナが必要である。だが、このサンデーサイレンス。本質的に短中距離血統で、スタミナをあまり伝えない。それでいて子が日本ダービーに強いのは、配合牝馬からうまくスタミナを引き出す和合性にある。人間の世界に照らし合わせてみればわかることだが、子が両親の長所だけを引き継ぐ確率は低い。サラブレッドの世界も同じで、両親のどちらかに似ることがほとんど。両親の欠点だけを受け継いで生まれることも多い。
 ところがサンデーサイレンスは、自身の長所を余すところなく伝え、その一方で欠落した才能を、配合牝馬から巧みに補う。結果として「両親からいいとこ取りをした子」が生まれてくる。日本ダービーで一、ニ番人気が予想されるネオユニヴァース、サクラプレジデントは、どちらもその典型例だ。前者の母の父クリスは、母系からスタミナ、持久力をカバーする特長をもつ万能種牡馬だし、後者も母系はスタミナに富み、近親にサクラチヨノオー(日本ダービー)が出ている。

●読者プレゼント(応募は終了しました)
吉沢譲治さんは愛媛県伊予市のご出身。著書『競馬の血統学』『競馬の血統学part2 母のちから』(ともにNHK出版)を各2冊ずつプレゼントします。堀田建設広報室まで住所・氏名をご記入の上ハガキにて。ご応募多数の場合は抽選となります。締切り7月10日。
 ただ気になるのは、二頭とも、時に信じられないポカをやる血が母系に流れている点である。とくにここ一番の大舞台、しかも誰もが「この馬で決まり」と思った大舞台で、それをやる血が流れている。したがって、他馬の付け入る余地はあるだろう。
 スタミナ、持久力で魅力を感じるのはサイレントディールだ。母の父ヌレイエフは、母系から長距離GⅠのスタミナ、持久力を伝える血統で、とくに力を要する馬場に強い。力の勝負になればチャンスはある。またリンカーンの母の父トニービンは、『東京コース御用達血統』。サンデーサイレンスとの相性も抜群で、いかにも日本ダービー向きの配合だ。喉に持病を抱え、順調さを欠いているが大駆けの魅力を秘める。スズカドリームはベニーザディップ(英ダービー)の近親。母の父ダンスオブライフは、日本ダービーに強いニジンスキー系の種牡馬。感冒のアクシデントで順調さを欠いているが、こちらも血統的に大駆けの魅力を秘める。
 サンデーサイレンスの子以外で、期待できる血統構成の馬としては、マイネルソロモン、コスモインペリアル、ザッツザプレンティ、ラントゥザフリーズなどが挙げられる。どれも実績では劣るが、日本ダービーに向く血統構成だ。とくにマイネルソロモン。勝てば祖父シンボリルドルフ、父トウカイテイオーに次ぐ父子三代の日本ダービー制覇となる。血の流れを実感する歓び。それもまた競馬の醍醐味のひとつである。