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2003年04月号 掲載
愛媛FC 「一念、岩をも通す」
 
阿刀田寛(日本経済新聞社運動部)

スタンドから試合形式の練習をチェックする石橋智之総監督。

緒戦に快勝し、インタビューを受ける石橋総監督。
 昨年末、松山市のサッカークラブ、愛媛FCを取材する機会があった。Jリーグ傘下の日本フットボールクラブ(JFL)に所属し、今季末のJ2(Jリーグ二部)への昇格を目指すこのクラブ、ちょっと面白い。松山市内にある事務所は自前だが、練習場は借り物。法人化、スタンド増設などプロの体裁を整えるのもこれからで、スタッフ、選手は別に仕事を持つ。これぞアマチュアという現状なのに、情熱だけがほとばしっている感じなのだ。県民は野球好き、昨年のワールドカップの余熱も伝わりにくい土地柄。なのに「四国初のJリーグクラブを」という掛け声が、聞く者の胸にストンと落ちてくるのは、熱源となる「人」に魅力があるからだろう。愛媛FCの総監督、石橋智之さんは「一念、岩をも通す」を地で行く人。十三年前、南宇和高の監督として全国選手権で優勝した後、ふと考えた。「日本一になっても選手は卒業して県外へ去っていく。どうしたら愛媛のサッカー界を豊かにできるのか」。答えは単純だった。「何だ、Jリーグのクラブを作ればいいんじゃない」。松山市で鉄鋼業を営む亀井文雄さんが愛媛FC の代表に就任したのが二年前。そのときの石橋さんの口説き方がおかしい。 「一緒にJリーグを目指しましょう」と詰め寄る石橋さんに、気の進まぬ亀井さんは「私が指名する二人が副代表を引き受けたらやります」。二人には就任依頼を断ってもらい、自分も逃げる腹だった。が、亀井さんが二人に電話を入れたときには、石橋さんが風のように二人を訪れて了承を取り付けていたという。まさに早業。

月30日開幕戦の観客3116人。スタンドで声援を送るサポーター達。

県民サッカークラブ「愛媛FC」代表の亀井文雄氏。
 「石橋さんにやられた」と今もぼやく亀井さんが、結構喜んでスポンサー探しに走り回る風景にも微苦笑を誘われる。情熱とは他者に感染して広がるもの。サポーターの輪も徐々に広がり、昨季の観客動員は一試合平均で千人を超えた。アマでは破格の集客力である。サッカー界はJリーグの下にJFL、その下に地域リーグ、そのまた下に都道府県リーグという巨大なピラミッドを成す。プロ野球は既存の球団が権益を独占し、サークルの外の者は身売りがないと新規参入できないが、下から勝ち上がればだれでもJリーグに参加できるのがサッカーの面白さ。愛媛県や松山市など、自治体の腰はまだ重い。が、石橋さんは「JFL2位以内という昇格条件の一つを今季クリアすれば、何とかなる」と読む。試合に勝てばサポーターは増え、サポーターの後押しがあれば協賛企業も説得しやすい。地元経済界を動かせば自治体だって動くはず。ハードルはそれぞれ高くても、一つクリアすればほかの障害もドミノ倒し的に解決できる、と。本当に何とかなるかもしれない。人を動かすのは、やはり人。誕生から十一年目を迎えるJリーグ自体、「走りながら考える」方式で結構何とかなっているのだから。