2001年04月号 掲載
諏方神社
井上 明久
諏方神社 画/藪野 健
地蔵坂と電車
崖の上に立ってみる。下を通る電車の数が、色が、形が目立って増えた。
その代わりに前景に高い建物が並んだせいで見渡せる家々の数が減った。
開成学園の大グラウンドのあたりが、道灌山のほぼ頂上にあたるが、切通しの広い道をへだてて真向かいの同じ高さに見えるのが、日暮里、谷中の総鎮守、諏方 (すわ)神社である。ここには実によく遊びに来た。嫌な授業から逃れて、境内の端の崖上から、足下を走る様々な色の何本もの電車の交差するのをみつめたり、遠く目をやって荒川、足立、台東、墨田、葛飾と広がる遙かな町々の家並みを眺めたりして、また学校へと戻って行った。ひとりの時もあった。仲間と肩を並べる時もあった。いつでも諏方神社は静かだった。
その静けさは、不思議なくらいに今も変わっていない。西日暮里駅から、急角度の間(ま)の坂を登っても、一度山手線の外側へ出てから、線路の下をくぐり階段状になった緩やかな地蔵坂を登っても、諏方神社には五分もかからぬ内にたどり着けるが、その境内に足を踏み入れた瞬間、そこが大東京の喧噪から切り離された別天地であることに気づくだろう。石段の上の物寂びた社殿、奧に並ぶいくつもの御輿倉、銀杏の大木をはじめとする樹々の連なり―ここでは“永遠”が生きている、そんな気がしてならない。